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前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その19)バナナとみかん、そして梨

 義務教育費国庫負担金を、三位一体改革の補助金削減の対象にするのは間違っている。
 義務教育費国庫負担金を一般財源化すると、文部科学省による権力的・恣意的・独善的・中央集権的で不合理・不条理な教育行政の桎梏から教育現場が自由になれる、などという悪質なプロパガンダが罷り通っている。そして、そのようなプロパガンダがとんでもない誤解をまき散らしている。ここで紹介したいのはそういう誤解の一例である。

 平成17年3月16日の中教審義務教育特別部会第2回会合。地方6団体側委員3人が初めて出席した日のことである。
 増田昌三委員(高松市長、全国市長会推薦委員)は、最初の発言の機会に次のようなことを言われた。
「学校給食に出るバナナ、皆さん、あれ、家庭で皮を洗いますか。学校給食に出すときは、あの外側の皮を3回も洗わないと子どもに出したらいかんというようなことになっております。そういう指導が文科省から来とるんです。全国の調理員がこんなむだなことをと言いながら、みんなこれをやっています。そのぐらい中央集権というのが地方の隅々に渡っております。お金を、文部省が少々握ろうが握るまいが関係なしに、そのぐらい日本の地方行政というのは中央が管理しておるんです」
 これは全くの誤解である。学校給食のバナナを3回洗えなどというきまりは、どんな法令・規則にもないし、文部科学省の通知や指導にも一切ない。丁寧に洗わなければならないのは、そのまま食べるキャベツやキュウリのことである。

 この増田委員の発言は、国会でも取り上げられた。平成17年8月3日の衆議院文部科学委員会での、民主党達増(たっそ)拓也議員の質問である。
「義務教育費用について都道府県の一般財源化するべきだという主張の最大の根拠の一つは、その方が地方の自由度が高まるということなんですね。したがって、教育、特にこの場合、義務教育に関する地方の自由度の問題というのが、義務教育費用負担問題について正しい決断を下すためにも非常に重要だと思いますので、まずその関係の質問からさせていただきます。
 これは第2回の特別部会の議事録に載っているんですけれども、ことし3月16日に開かれた第2回の義務教育特別部会におきまして、ある市の市長さんから次のような意見が述べられています。(中略)
 『学校給食に出るバナナ、』『学校給食に出すときは、あの外側の皮を3回も洗わないと子どもに出したらいかんというようなことになっております。そういう指導が文科省から来とるんです。全国の調理員がこんなむだなことをと言いながら、みんなこれをやっています。そのぐらい中央集権というのが地方の隅々に渡っております。』
 これは事実でしょうか」
 文部科学省の素川スポーツ青少年局長が答弁した。
「文部科学省におきましては、学校給食における衛生管理の改善充実や食中毒の発生防止につきまして、学校給食の特質を踏まえた全国的なガイドラインとして学校給食衛生管理の基準というものを定めているわけでございます。(中略)
 今具体的にお話のあるバナナでございますけれども、バナナというわけではないんですが、皮をむいて食する果物、こういったものにつきましては、実は学校給食衛生管理の基準では、特に洗浄回数を初めとする洗浄の具体的な作業工程というものは記述しておらないわけでございます。衛生上の安全を確保するために、汚染の状況それから食べ方などを考慮しながら、各学校給食の実施者などが実情に応じて判断していただくという性格のものであると考えているところでございます」
 こうして、国会の場では「バナナを3回洗え」などという話は誤解であることが明らかにされた。文科省が怠慢だったのは、当の発言者である増田委員にそのことをきちんと説明しなかったことだ。この点は大いに責められるべきである。

 平成17年10月26日の中教審総会。義務教育改革の審議を締め括り、答申の採択が行われたこの日、増田委員は、最後の発言の機会に改めて次のようなことを言われた。
「最後に、私が一番最初に、この中教審に入ったときに、バナナの洗浄の仕方を話しましたが、きょうはちょっとミカンの話をします。というのは、四国はミカンの産地でありまして、私のところの隣の県では『伊予柑』と言って、ミカンが非常にたくさん取れますので、知事さんは、これを給食調理にどんどん、地産地消ということで使いたい。ところが、給食現場は一向に使ってくいれない。なぜか。そうしたら、あのミカンを、皮をむいて中の実を食べるから、そんなに外の皮を消毒する必要はないと私は思いますが、これを3度、洗わなければいけないというような通達が文科省から流れてきています。こんなもの、3回も洗っていたら、短い調理時間の間にはできないということで、その県の知事さんが嘆いておりました。
 私は、給食場の洗浄の仕方にまで文科省の威令が隅々までわたっているいうことを知ってびっくりしました。私は、『そんなのは1回でいい、食中毒が出たら市長が責任を取る』と言いますと、そういうことができる体制に今、ないんです。教育委員会に対して口出しできないし、その責任はとれないということになっています。何と、この知事さんは文科省出身の知事さんです(筆者注、元文部省大臣官房長の加戸守行知事のこと)。その文科省出身の知事さんさえも、これほど文科省の威令が隅々まで行っているのかということがありました。私は、そのことから、いかに教育委員会制度、文科省の中央集権制度というのがこんなにまで来ているのかということを知ったということを最初に申し上げました。そして、最後にも申し上げて終わりにします。」
 誤解は全く解けていなかったのだ。

 みかんに関する真相はこうである。
 愛媛県はみかんの産地なので、学校給食での利用を促進したいと考えた。ところが、愛媛県では当時、みかんを学校給食に出す際に3回洗っていたため、手間がかかり利用促進の妨げになった。文部省(当時)が平成9年に通知した「学校給食衛生管理の基準」では、生野菜の使用にあたっては「流水で十分洗浄し、必要に応じて消毒する」とされていたが、愛媛県教育委員会では、皮を剥いて食べるみかんまで生野菜と同じように3回洗う必要はないだろうと考えた。そこで、平成17年1月7日付けで、愛媛県教育委員会は文部科学省あてに照会文書を出して、こう訊いた。
「児童生徒が外皮を剥いて食べるみかんの洗浄回数等の具体の作業行程については、調理の段階で切り分けられ直接食べる生野菜等の場合と異なり、学校給食実施者である市町村教育委員会等が、安全性を確認しつつ、各事情に応じて判断することができるものと考えているが、このように解してよいか」
 これに対する文部科学省の1月11日付け回答は、ただ1行「お見込のとおり」。
 愛媛県でみかんを3回洗っていたのは、厚生省(当時)の「大量調理施設衛生管理マニュアル」で、野菜果物については「流水で3回以上水洗いする」とされていたため、それを文言どおりに実施していたのだ。しかし、これとて「野菜であれ、果物であれ、直接口に入れるものは3回以上洗えば大丈夫」という助言以上のものではない。皮を剥いて食べる物を同じように洗う必要がないことは、普通の常識でわかることだ。

 この愛媛みかんの事例は、これからの地方分権を進めるにあたって心すべき大事なことを教えてくれている。
 文部省(当時)が通知した「学校給食衛生管理の基準」にせよ、厚生省(当時)が出した「大量調理施設衛生管理マニュアル」にせよ、法的拘束力のない助言程度のものに過ぎない。学校給食の安全について責任を負うのは事業実施者である市町村であり、国の助言に従わなければ責任が果たせないというわけではないし、国の助言に従ってさえいれば責任を免れるというわけでもない。ところが、この助言を受け取った市町村の方は、厚生省のマニュアルを金科玉条のように扱い、自ら考え判断することを放棄して、マニュアルの文言どおりに行動していたのだ。いわば、思考停止、判断停止の状態で中央からの指導を素直に受け入れ忠実に実行する「中央指導依存症」とでもいうべき傾向が、地方の側に存在するということである。
 愛媛県のそれぞれの市町村は、みかんを3回洗う必要はないと考えたのなら、自らの判断で適切な処理を行えばよかったのだ。だから、そもそも愛媛県教育委員会から文部科学省に照会文書を出す必要もなかったのである。文部科学省から「各自判断してよい」という回答をもらわなければ自ら判断できないというのは、それ自体が「判断停止」の「中央指導依存症」の証左である。
 いくら権限と責任と財源を地方に移譲しても、地方の側がこの「中央指導依存症」から脱しない限り、真の地方分権は実現しないだろう。

 増田委員のみかんの話を聞いた片山善博委員(鳥取県知事)はこう発言した。
「自分のところで、みかんを洗うのがいいのか、洗わないのがいいのか、3回がいいのかと自分のところで決めればいいんです。それだけのことなのです。それができないのが、今の地方自治体の実態なのです。
 私のところにも同じことがありまして、20世紀梨を学校給食で使っているか調べたら使っていないところがあったんです。なぜかというと、やはり洗わなければならないとか熱湯を通さなければいけないという人がいて、そんなことはやめようと、家で熱湯なんか通さないで食べているのにと言って、随分変えました。ですから、20世紀梨を学校給食で使う比率が随分増えました、地産地消の率が。ちゃんとやればできるんです。やらないだけなんです。それでいて、いまだに通達が繰り返されたら、それに唯々諾々と従っているのが地方自治体なんです。(中略)
 そういう体質を変えなければいけないんです。『国が悪い、国が悪い』と言っていたら、いつまでたっても変わらないのです。だから、国が言っていることに従わなければいけないのは法律と政令、事務処理基準(筆者注、法定受託事務の処理に関する国の基準)、あとは自分のところで考えます。要らないことを言ってきたら、『つまらないことを言うな』と言って跳ね返すだけの体力と力量を持たなければいけないということです」
 ブラボー!これこそ本物の自治体首長だ。でも片山知事、梨を熱湯に通してたって話は本当なんですか? (つづく)
前川喜平〔(まえかわ・きへい)初等中等教育企画課長〕


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