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前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その18)義務教育の住民自治とは何か

 義務教育費国庫負担金を、三位一体改革の補助金削減の対象にするのは間違っている。
 総務省は、義務教育費を税源移譲により一般財源化すれば、住民意識が高まり義務教育の住民自治が進むと言うが、そのような議論には根拠を見出しがたい。では、義務教育における真の住民自治とは何なのだろう。

 義務教育の住民自治のための現行の仕組みとしては教育委員会制度が重要である。問題はそれが十分に機能しているかどうかである。
 教育委員会は首長が議会の同意を得て任命するが、首長から 指揮・命令される関係にはない(独立行政委員会)。合議制であることがかえって無責任体制につながってしまっているとの指摘がある。教育委員会は公立学校の設置者であり、もともと学校教育に対する住民統制(layman control)の仕組みとされてきたものであるが、実際には住民からも学校からも距離があるため、住民の意向を具体的に学校運営に反映させるための仕組みとしてうまく機能していないのではないかとの批判もある。
 議会は教育委員会の責任を追及しうる立場にあるが、その議会も個々の学校に対する住民の要望を汲み上げることには限界がある。小・中学校が1校ずつしかないような小さな町村では、議会を通じた民主的統制も十分可能であろうが、例えば横浜市のように公立の小・中学校あわせて500校近くを擁する都市においては、(1)教育委員会が学校から遠い、(2)議会が住民から遠いという2つの理由で、議会を通じた学校に対する民主的統制のメカニズムも働きにくくなる。
 教育委員会を通じた学校教育の民主的統制の不十分な点を補う方法として、学校ごとに保護者や地域住民からなる何らかの合議体を設置して、学校が関係住民(ステーク・ホルダー)に対して直接の説明責任を持つようにすることが考えられる。
 こうした学校単位での民主的統制につながる仕組みとして導入されたのが「学校評議員」制度(平成12年度に導入)や「学校運営協議会」制度(平成16年度に導入)である。これらは、学校教育に対する非制度的外在的統制に一定の制度的位置づけを与えたものといえる。いまだ制度的統制として強力なものとはいえないが、学校が保護者・関係住民に対して直接に負う説明責任を強める制度であり、新しい形の住民統制(layman control)として、我が国の学校に対する民主的統制を高める上で重要な契機となりうるものだといえる。
 「地方自治は民主主義の学校」という言葉がある。義務教育の地方分権の究極の姿である学校自治は、文字通り「民主主義の学校」だといえるだろう。

 私が言う「学校自治」、「学校の民主主義」とは、決して教職員による独善的な学校運営のことではない。直接の受益者である児童・生徒、その保護者、主権者であり納税者である地域住民など、学校のステークホルダーにあたる人たちが責任を持って学校運営に参画してこそ、本当の意味での学校の民主主義が実現できるのだと考える。
 学校と保護者・住民をつなぐものが「評価と公開」である。学校はその教育活動や学校運営の過程と成果を定期的に自己評価し、その結果をステークホルダーに対して情報公開する責任を負わなければならない。
 平成14年に文部科学省令として制定された小学校設置基準、中学校設置基準では、学校に対し、教育活動その他の学校運営の状況について、自己評価を実施しその結果を公表よう努める義務と、積極的に情報を提供する義務を課した。地域社会に開かれ、透明性の高い学校運営は、こうした「評価と公開」があって初めて成立するのである。
 その後「評価と公開」の取組は着実に進んできている。平成15年度の実績では公立小学校の98・5%、公立中学校の98・4%が自己評価を実施している。しかし、自己評価結果を公表している割合は、公立小学校で37・2%、公立中学校で41・9%と低い。それは、公表に値するだけの意味のある自己評価ができていないということなのではないかと思われる。文部科学省では平成17年度中に学校評価についてのガイドラインを策定して、学校の自己評価の充実を促進したいと考えている。また、中教審では自己評価とその結果の公表を現在の「努力義務」から「実施義務」に強化することが提言されている。
 保護者や住民の学校運営への参画については、平成12年4月から、学校教育法施行規則の改正によって「学校評議員」の制度が導入された。同年1月に発出された通知では、その意義を次のように述べている。
「学校が地域住民の信頼に応え、家庭や地域と連携協力して一体となって子どもの健やかな成長を図っていくためには、今後、より一層地域に開かれた学校づくりを推進していく必要がある。こうした開かれた学校づくりを一層推進していくため、保護者や地域住民等の意向を把握・反映し、その協力を得るとともに、学校運営の状況等を周知するなど学校としての説明責任を果たしていく観点から、(中略)設置者の判断により、学校に学校評議員を置くことができることとするものである」
 学校評議員は、校長の推薦により、設置者(市町村)が委嘱することとされており、その役割は、校長の求めに応じて学校運営に関し意見を述べることとされている。平成16年7月現在の調査では、公立小学校の77・2%、公立中学校の78・6%に設置されている。学校評価の結果を公表している学校では、その58%が公表方法として「学校評議員への説明」をあげている(平成15年度実績)。
 学校評議員制度をさらに大きくバージョンアップさせたものが「学校運営協議会」の制度だ。別名「コミュニティ・スクール」。保護者・地域住民らが学校運営協議会という合議体を構成し、学校運営や教職員人事に対して、法律上の権限と責任を持って参画する制度である。学校評議員は一人一人の個人であって集合的意思を持つものではないが、学校運営協議会は1つの合議体として統一した意思決定を行う機関である。学校運営協議会は自治体の教育委員会が指定する学校に設置される。学校運営協議会の委員は教育委員会が任命する。学校運営協議会は校長が策定する学校運営の基本方針を承認する権限を持ち、学校運営一般について意見を述べることができる。さらに、校長以下の教職員の人事について、人事権を持つ教育委員会(都道府県及び政令指定都市の教育委員会)に対し意見を述べることができ、教育委員会はその意見を尊重しなければならないことになっている。
 この制度は、平成16年3月の「今後の学校の管理運営の在り方について」の中教審答申に基づき、同年6月の地教行法の改正によってできたものだ。この法案の審議にあたって、衆議院文部科学委員会に参考人として招かれた木村孟中教審初等中等教育分科会長(大学評価・学位授与機構長、元東京工業大学長)は、この制度の導入についての審議をリードした立場から、次のような所感を述べておられる。
「検討の背景には、既存の公立学校が国民の期待に十分こたえられていないという批判がありますために、新しい制度の導入も含め、公立学校の管理運営全体の活性化を図る必要があるという状況がございました。
 (中略)近年の改革の流れを加速し、各学校が国民の期待にこたえて、創意工夫を十分に生かし、学校の担うべき役割を十分に果たすことができますよう、学校の管理運営のあり方をより柔軟で弾力的なものとする視点から、この課題について検討を行うことを期待されていたと了解をいたしております。そのため、議論の視点を、これまでの我が国の教育の基本的枠組みを大きく超えたところまで拡大する必要がございましたので、その点、分科会長としてはかなり苦労をいたしました。
 正直申し上げて、そういう議論のやり方を提案しましたときに、部会全体にかなりの戸惑いが出ましたが、議論を重ねていくうちに、従来の枠組みを超えることによって我が国の教育全体がよい方向に向かうのであれば、それでもいいではないかという雰囲気がかなり出てまいりまして、このたびのような形で議論がまとまったものでございます。ちょっと誇張過ぎる表現かもしれませんけれども、教育関係者としては、ルビコン川を越えたかなというふうな気もいたしております。」(平成16年5月18日衆議院文部科学委員会)
 コミュニティ・スクールの制度化には、中教審の中にも相当程度の抵抗感があったこと、それを乗り越えて答申を出したこと、それが我が国の教育の従来の枠組みを大きく超えるものであること、それを木村氏は「ルビコン川を越えた」と表現されたのである。
 コミュニティ・スクールは、我が国の義務教育における住民自治の最先端の姿を表している。こうした取組みを育てていくことこそ、義務教育の住民自治の課題なのだ。義務教育の財源を保障する国庫負担金を都道府県が何にでも使える金に変えることが義務教育の住民自治を実現する方法だなどというのは、借金返済資金が欲しい総務省による虚偽広告である。
前川喜平〔(まえかわ・きへい)文部科学省初等中等教育企画課長〕


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