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前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その13)教職員の人材確保

「教職員の人材確保」

 義務教育費国庫負担金を、三位一体改革の補助金削減の対象にするのは間違っている。
 義務教育の教育条件の中でも、教職員は最も重要な要素である。施設や教材が整っていなくても、教員がいれば教育は成り立つ。逆に、どんなに立派な校舎や教材教具があったとしても、教員がいなければ、教育は絶対に成り立たない。義務教育費に占める人件費の割合は全体の4分の3にも及ぶ。その人件費に対して国庫負担により確かな財源保障をしているのが義務教育費国庫負担制度なのである。
 「教育は人なり」といわれるように、教員は学校教育に直接携わる専門職であり、教育の成否は教員にあるといっても過言ではない。教育は教員と児童生徒との直接の人格的接触を通じて行われなければならないという本質を持っているからである。そのため、教員についてはその養成・採用・研修の各段階を通じて、優れた専門性や高い使命感など教員としての資質能力の向上が図られなければならない。
 全国的に一定の教育内容と教育水準を確保し、教育の機会均等を保障するためには、教員の確保について国が一定の責任を負わなければならない。
 教員の資質能力については、全国的に一定の資格を求めることが必要であることから、国は教員免許制度を設け免許状の授与についての要件を定めている。
 教員免許状の授与、教員の任用・研修、教員の給与費負担は、地方(市町村立小・中学校については都道府県)に委ねられているが、そのうち、義務教育の教員の給与については、優れた人材の確保のため、人材確保法により、一般の公務員に比較して優遇措置が講じられなければならないこととされている。
 教職員給与費は義務教育費の4分の3を占めており、地方財政に占める割合も高いことから、国が責任をもってその財源保障をするため、教職員給与費の2分の1を国が負担する国庫負担制度が設けられている。
 事務職員及び学校栄養職員は、いずれも学校運営に必要な基幹的職員であり、そのため、これまで教員と同様に県費負担・国庫負担の対象職員とされてきた。これらの職員については、次のような理由により、その重要性がますます高まっている。
 事務職員は、学校における唯一の行政職として管理職の校務運営を支えており、基幹的かつ不可欠の職員である。もとより学校も1つの組織体として、企業や官公庁と同様に、総務、給与、管財、経理、渉外等の様々な事務を処理する必要があるが、これを行うのが事務職員である。企業や官公庁においても、こうした事務を担う部署ないし職員が全くいないということは通常考えられないことであり、その意味でも、事務職員は学校に必須の職員であるといえる。とりわけ、多くの小・中学校では事務職員が1人配置であることから、これらの多様な業務を1人で処理しなければならず、事務職員が欠けた場合には学校運営に大きな支障が生じる。特に現在、学校の自主性・自律性を確立すべく、学校への権限委譲や学校の裁量拡大が進められているが、これにより、事務職員の役割はますます大きく、かつ重要になる。さらに、学校評議員や制度化予定の学校運営協議会の設置に伴う事務も見込まれる。今後、学校は自らの責任で、より主体的な運営を行うことが求められるが、このような学校運営を実現するための、いわば基礎体力として、事務職員の配置は欠かせないものである。
 学校栄養職員は、学校給食の栄養管理と児童生徒に対する栄養指導において重要な役割を担っており、特に今日求められている食に関する指導の充実を図っていく上で、その役割の重要性は高まっている。さらに新たに制度化が予定されている栄養教諭については、食に関する指導を本格的に行うための教育職員として、いっそう重要な役割を果たすことが期待されている。

 優れた資質能力を有する教職員を、児童生徒に行き届いた教育が行える人数だけ確保するためには、教職員給与費の財源として必要な額が安定的に確保されていなければならない。諸外国の制度を見ても、義務教育費のうち教職員給与費を国が負担する例が多いのはそのためであり、わが国における明治以来の義務教育費への財源保障制度の発展が、教職員給与費を対象としてきたのも、そのためである。
 義務教育費の財源確保の中心的な問題は、明治以来常に教職員給与費の財源問題であり、教職員の人材確保の問題と表裏一体であった。
 明治以来、教員の待遇は決して良くなかった。明治時代、教員は「羽織袴で銭ないものは学校教員」などと皮肉られ、大正時代には「髭を生やして洋服着ていても懐は淋しかろう」と揶揄されていたといわれる。明治中期、「小学教師、続々依願免本官の辞令書を頂戴し、得々然と巡査、役場書記・・・などの職業に鞍替えをなす」という記録に見られるように、教員の転職率はきわめて高かった。大正6年に設けられた臨時教育会議では、「このままで放っておいたならば、教育社会には人士が欠乏して、・・・ほかで働けないからして学校へでも行ってやろうとか、あるいは最も融通の利かないぼんやりした人間という者が小学校の方にだんだん集まってくる結果になると私は信ずる」という委員の発言が記録されている。
 教職員の給与費は地方財政の中で経常的経費の大きな部分を占めるため、財政状況の影響を受けやすい性質を持っている。財政状況が悪化したときには、必ずといってよいほど教職員給与費の抑制・減額が財政上の課題とされる傾向がある。そのようなことが繰り返されると、教職員の給与水準は時間とともに他の職に比べて相対的に低下していくことになる。
 人材確保法制定当時文部省初等中等教育局長だった岩間英太郎氏は、次のように語っている。
「教員数というのは全国的に大変多いものですから、給与を改善しようといえば、べらぼうに金がかかるんですよね。月に千円上げるにしたって、国庫負担金はすぐ百億円くらいになってしまう。そんなこともあって、教員の待遇がだんだん悪くなってしまってきたんですね。かつては、小・中学校の校長さんだと、相当に高い水準までいっていたんです。それが次第に人数が増えて、金額がはるようになってきたこともあり、ベースアップのたびごとに、少しずつ削られていくわけよね。例えば、7.05%上げるなんていう場合には、その0.05%をはしょって、7%アップというように、少しずつかんなをかけてきた形跡があるんです」
 教職員に人材を得るためには、このような事情を考え、教職員の給与水準と給与費の財源を支えるための意図的な努力が必要になる。明治以来の教職員給与費に対する財源保障制度の発展はこのような要請に由来するものであったといえる。
 諸外国に目を転じると、アメリカやイギリスなど諸外国においては、教員の給与水準の低さが教員の人材不足の原因であるという問題意識の下、現在、教員の給与改善に取り組んでいるところである。イギリスでは、ブレア首相の主導の下、2002年に教員の給与を前年比3・5%の増を図るなど、教員給与の改善を目指して国と地方の教育予算の増額計画を進め、2006年度からは全額国庫負担に移行しようとしている。アメリカでは、無資格教員が多く、また、5年間で半数の教員が離職するといわれるなど、教員の人材確保が大きな課題となっており、カリフォルニア州で2001年に教員の平均給与を10%引き上げ、ニューヨーク市も2002年の採用者について初任給を20%引き上げるなど、各地で教員の待遇改善の取組が行われている。このように教職員の人材確保は各国共通の課題である。
 公立学校教員の給与については、平成16年度から、公立学校教員の給与に関する「国立学校準拠制」が廃止され、その負担者である自治体ごとに定めるものとされたところであるが、人材確保法により、義務教育の教員に優れた人材を確保するため、教員の給与水準については、一般の公務員に比較して必要な優遇措置が講じられなければならないものとされている。
 公立義務教育諸学校に配置すべき教職員の数については、義務標準法により各都道府県ごとの標準定数が算定されている。この標準定数は、全ての公立小・中学校において、40人を上限とする学級編制が行われることを前提として、教科に応じた習熟度別の少人数指導やティームティーチングなどのきめ細かい指導を行うとともに、いじめ・不登校などの問題にも対応できるよう、各都道府県ごとに最低限必要とされる教職員数を示すものである。
 義務教育費国庫負担制度は、教職員の質と数を全国的に確保するため、公立義務教育諸学校の教職員給与費の負担者である都道府県が、人材確保法と義務標準法の下で必要とする給与費の財源を、確実に保障するための制度である。この制度を廃止することになれば、給与費財源の不足をきたし、教職員の人材確保が困難になる結果、教職員の資質の低下が生じるとともに、教職員の定数を確保できなくなることにより、少人数学級の実現が困難になり、少人数指導・習熟度別指導、自主的・自律的な学校運営、食の指導など、これまで教職員の配置を改善することによって進められてきた施策が後退することになるのは必至である。(つづく)
前川喜平〔(まえかわ・きへい)文部科学省初等中等教育企画課長〕


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