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前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その8)「交付税で適切に対応」とは?

 中央教育審議会が、義務教育費国庫負担制度の存廃の是非を検討したとき、重要な論点の一つは財源確保の確実性・予見可能性であった。国庫負担金と税源移譲による一般財源化とでは、どちらが義務教育のために確実で予見可能な財源になるかである。
 税源移譲は必然的に都道府県間の税収格差を拡大させる。大企業や高額所得者が都市部に集まっているため、税源が偏在しているからだ。義務教育の場合、税源の乏しい過疎地ほど子ども1人あたりの経費がかさむという構造がある。1学級10人の離島の学校では、1学級40人の都会の学校に比べて、単純計算で子ども1人あたり4倍の経費がかかるわけだ。その財源を保障しているのが義務教育費国庫負担金である。文部科学省が行った試算では、義務教育費国庫負担金を廃してフラット税率の個人住民税に税源移譲した場合、得られる税収が、現在の国庫負担金交付額より多くなるのは東京都など7都府県で、残りの40道府県は減収になる。一番減収率が高いのは高知県で、46%減になる計算だ。この計算自体は総務省も地方6団体も否定していない。そして、減収になる道県に対しては、地方交付税交付金のよって財源不足を補うしかないということについても、共通理解がある。
 しかし、それで義務教育費がちゃんと確保されることになるかどうかについては、意見が分かれる。6団体側委員はは「交付税で適切に対応するから大丈夫」と主張し、多数の有識者委員は「交付税では義務教育費の財源を確実に保障できない」と主張した。
 問題は「交付税で適切に対応」とはどういうことかである。
 平成17年5月30日、中教審義務教育特別部会は、総務省と財務省からのヒアリングを行った。その際、片山善博委員(鳥取県知事)は平成16年度予算で起こった交付税の大幅削減、いわゆる「地財ショック」について、両省に次のような質問をした。
「先ほどの説明で、一般財源化になっても交付税の算定を通じて適切に対応すると、こういうことなんです。(中略)ただ、我々から見ますと、パーツについて個別に適切に対応されても、全体が適切に対応されなかったら、あまり意味がないんです。
 具体例を言いますと、かつて景気対策をバンバンやったときに、地方団体に対して公共事業の上乗せについての要請が随分ありました。その際には、借金でやっておきなさい。後で交付税でちゃんと見てあげますと、交付税上乗せしてあげますと。これが適切に対応するという意味合いだったんですけども、最近の状況を見てみますと、今返済のピークになっています。(中略)ピークですから交付税も上乗せにならなきゃいけない。ところが、結果は交付税は12パーセント削減という大幅削減になったわけです。そういう状況があるんです。
 これは今後の交付税を適切に対応するという、その適切の定義づけと関連するものですから、これを伺っておきたいんですけども、(中略)大幅に削減されたという結果について、総務省、財務省はそれぞれ適切な対応であったかどうか、それを適切であったか、不適切であったか、これは丸かバツでお答えください」
 この質問に対して、総務省の自治財政局審議官と財務省の主計局次長は、公債費(借金の返済資金)が交付税に算定されていることをそれぞれの言葉で説明したが、肝腎の16年度の削減が適切だったかどうかは答えなかった。このあとのやりとりは、この部会の審議の中でもハイライトの一つだと思うので、忠実に再現してみよう。
 片山委員「ご丁寧にご説明いただいたんですけども、私が伺いたかったのは、去年の交付税の算定は総額として適切であったか、不適切であったか、この認識だけ聞かせていただければ結構なんです」
 鳥居部会長「いかがでしょう」
 片山委員「答えは適切だったか、不適切であったか。答えられないでもいいですけど、三つのうち一つですから」
 岡本審議官(総務省)「そういうご質問を踏まえてお答えをしているので、そこの答えを二つに一つだという限定される場所ではないと思います」
 片山委員「わからなければわからないで結構です。適切だと思っているか、不適切だと思っているか、それとも論評はできないと、どれでもいいです」
(議事録ではわからないが、この間しばし沈黙の時間があった)
 鳥居部会長「お答えなしということで…。勝次長は一言ありますか」
 勝主計局次長(財務省)「地方交付税総額につきましては、予算に計上いたしまして、閣議決定した上で国会でも承認していただいていますので、その点では適切だと思っています」
 私は、このやりとりの中で総務省の審議官が絶句した数秒ほど雄弁なものはなかったと思う。それは、三位一体の改革の正体が露見した瞬間だった。
 片山委員は、その後の審議の中でこのようにコメントしている。
「総務省の方が来られたときにしつこく聞いたのは、『適切に対応する』、『適切に対応する』と繰り返し言われるけれども、それは抽象的にはわかるんだけれども、具体的に過去の事例を見て、それが適切な対応だったのかどうだったのかという認識が聞きたかったんです。平成16年度に12%カットというのがありましたけれども、あれが果たして適切な対応だったんでしょうか、それとも、適切ではなかったと認識して、そういうことはもうしないんだということなのかと聞いたら、返事がなかった。あれが実に象徴的なんです。彼は非常に良心的なんです。従って、適切だとも言いにくいし、不適切だったとも言えないから、答えに窮したんですね。財務省の人はもっと割り切っていますから、『あれは閣議決定したんだから適切だった』と言われましたけどね。そうだとしたら、ああいう大幅カットというのは、これからも『適切な対応』の結果としてあるんですねということになるわけです。そうすると、そういうカットがあるということは、交付税依存度が高まる我々の県というのは、その段階でダメージが大きいわけです。それを心配しているわけです。
 今の負担金だったら、そういう問題はない。もちろん、それは、法律制度を変えて、負担金の仕組みを変えるとか、負担率を変えるとかという話になったら、それはダメージはありますけれども、それはシステム改革の問題で、法律改正をしなければそれは起こらない。交付税というのは、そういう法律をいじらなくても、適切な対応という、その結果で10%カットとか12%カットはあり得るということ、そこを私は問題にしているんです」
 地方交付税の総額は、財務省と総務省との間で話がつけば、いかようにでも「適切に」削減できる。義務教育費国庫負担金はそうではない。国民が注視する中で、衆議院と参議院で十分な審議を行い、多数の賛成を得ることができなければ、削減できないのだ。この違いは、「藁の家」と「煉瓦の家」いや「石の城」ほどの違いなのである。(つづく)
前川喜平〔(まえかわ・きへい)文部科学省初等中等教育企画課長〕


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