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前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その5)「税源移譲3兆円」という蟻地獄

 義務教育費国庫負担金を、三位一体改革の補助金削減の対象にするのは間違っている。
 3兆円の税源移譲目標額を達成するために義務教育費国庫負担金の削減が必要だというのは、全く本末転倒した理屈だ。

 平成16年5月28日に開かれた経済財政諮問会議。提出された「基本方針2004」の原案では、税源移譲について「平成18年度までに、所得税から個人住民税への本格的な税源移譲を実施する」と書いてあったが、その目標額についての記述は一切なかった。 ところがその日の諮問会議で形勢が逆転したのだ。
 麻生総務大臣がまずこう発言した。
「ここに書いてある文は、総務省と財務省との間の官庁文学としては大した表現で、なかなか良くできている文章だと思う。しかし、何となく感じるところは、一般の知事がこの原案をパッと見て、何が進むのかなということにしかならない。私はこれを見て、2回読み直してみたのだが、ちょっと私には理解できなかった」
「そこで、平成18年度までに3兆円の税源移譲というのは、(中略)私どもとしてはぜひ、3兆円の税源移譲というのをきちんと数字を入れていただきたい」
「もう一点、補助金を削減するとき、(中略)何を削減するかというのはぜひ地方で考えさせてほしい。(中略)私どもは社会保障の10兆円などは絶対手をつけられないものが大部分と思っているが、積み上げると1兆1千億ぐらいにはなるとか結構意欲的なことを言われる知事さんもいっぱいいる。その方たちに言わせて、その方たちにまとめさせなければいけない。」
 そのあと、谷垣財務大臣が反論した。
「まず3兆円ありきということでは、改革が緩んでしまうことを恐れている。少し手順が違うのではないかと思う」
「地方に知恵を出していただくのはいいことだと思うが、地方に全部権限と財源を移譲するというだけでは意味がないので、無駄なものを廃止して圧縮していく、スリム化していく。このことが併せてないと、補助金改革も何かおかしくなってしまうのではないかと思う」
 これを受けて小泉総理がこう発言した。
「三位一体については、三すくみになっては困る。今、そんな状況だと思う。3年間で4兆円ということで、まず初年度1兆円をやり、あと平成17年度、平成18年度で3兆円と決まっている。地方の警戒を解くために3兆円、この平成17年度、平成18年度で税源移譲する。その代わり、知事会の方で補助金の削減案をまとめてきてほしい。(中略)今みたいな議論をやっていても同じなので、三すくみを解消して、それから一歩進む」
 谷垣大臣は軌道修正を試みた。
「それは秋までに工程表をつくるということでかなりできるのではないかと思う」
 しかし、総理はこう言い切った。
「それは方針ははっきり出してしまう。その代わり、知事会でまとめてほしい。3兆円」
 谷垣大臣はなおも軌道修正を試みる。
「今、麻生大臣は知事とおっしゃったが、市町村長の本音というものがやはりある。そこを相当丁寧に聞かないと、なかなか難しいと思う。本音がようやく少しずつ出てきたというのが現段階であると思うので、そのあたりを相当丁寧にやる必要があると思う」
 諮問会議のホームページでこのやりとりを読んでつくづく感じるのは、総務官僚の巧妙さである。この日諮問会議に出た原案は、総務省も了承していたはずだ。それを会議の場で総務大臣がひっくり返した。総務大臣は事前に総理と話をしていたのであろう。総理は即座に総務大臣の発言に同調して流れを決定づけた。これは私には、総務官僚による「官僚主導」の政策決定が、総務官僚の書いたシナリオにより、「政治主導」という手法を利用して行われたようにしか見えない。官僚世界の仁義を重んじる財務官僚にしてみれば、総務官僚のこの「仁義破り」は腹に据えかねることだったろう。
 4兆円のうち1兆円をやったから残り3兆円の税源移譲というのもおかしい。基本方針2003で言っていた「4兆円」は補助金・負担金の「改革」の額だった。この「改革」の中には「削減」のほかに「交付金化」なども含まれていた。平成16年度予算で実施した「1兆円」は補助金・負担金の「削減」の額だった。この「削減」の中には国土交通省の「まちづくり交付金」のように歳出減にならないものも混じっていたし、公共事業のようにいくら減らしても税源移譲に回らないものも含まれていた。だから「改革」の額から「削減」の額を引いても「税源移譲」の額にはならない。4キロの葡萄から1キロのグレープジュースを引いても3キロのワインにならないのと同じだ。
 総務省は「知事会で決める」ということにこだわった。財務大臣は「市町村の本音」を丁寧に聞けと反論している。これはどういうことかといえば、知事会に対しては総務省による操作が容易だからである。知事は47人しかいない。その中には総務省(旧自治省)出身者が沢山いる。各道府県の副知事や総務部長、財政課長といった要職にも総務官僚が大量に送り込まれている。知事会事務局は総務省の次官級OBを事務総長とし、幹部職員は総務官僚で占められている。それに対して、市町村長は2千人以上もいて、そのほとんどが地元出身者だ。役所の中にも総務官僚は少ない。それだけに市町村に対しては総務省による遠隔操作が難しい。総務省は、知事会を操作して「地方主導」の体裁をとることにより、「総務省主導」の政策を強行しようとしている。財務大臣の発言は、それをなんとか阻もうとしたものだろう。
 しかし、事態はどんどんと総務省のシナリオどおりに運ばれていく。総務省作・演出の「政治主導」と「地方主導」によって。
 平成16年6月3日、諮問会議は「基本方針2004」を決定した。各省大臣と協議する間もなく、翌日6月4日には閣議決定された。「基本方針2004」は、次のような言い方で3兆円の税源移譲の目標を設定し、補助金・負担金の削減案の作成を地方に要請した。
「地方が自らの支出を自らの権限、責任、財源で賄う割合を増やすとともに、国と地方を通じた簡素で効率的な行財政システムの構築につながるよう、平成18年度までの三位一体の改革の全体像を平成16年度秋に明らかにし、年内に決定する。その際、地方の意見に十分に耳を傾けるとともに、国民への分かり易い説明に配慮する。
 全体像には(中略)、平成17年度及び平成18年度に行う3兆円程度の国庫補助負担金改革の工程表、税源移譲の内容及び交付税改革の方向を一体的に盛り込む。
 そのため、税源移譲は概ね3兆円規模を目指す。その前提として地方公共団体に対して、国庫補助負担金改革の具体案を取りまとめるよう要請し、これを踏まえ検討する。」
 この最後の文章が、5月28日諮問会議での総理発言を受けて書き加えられた部分である。この記述を梃子に、総務省が義務教育費への攻撃を激化させることは目に見えていた。
 一方、義務教育費については、「基本方針2004」はこう記述していた。
「義務教育に関する地方の自由度を拡大し、地方公共団体や地域住民の知恵・工夫が一層活かされるような仕組みとするため、これまでの改革に加え、現行法の見直しを含めた検討を進めるなど、義務教育費国庫負担制度の改革を推進する」
 文部科学省はこの記述により「総額裁量制」をさらに改革していくという路線が認められ、義務教育費の一般財源化は阻止できるのではないかと思っていたのだ。そこへ「3兆円税源移譲」という数値目標が突然現れたのである。
 「3兆円税源移譲」は、総務省が仕掛けた一種の蟻地獄であった。3兆円に義務教育費が含まれるという文言は印刷されてはいない。しかしそこには、総務省と文部科学省の者以外には見えない透明な文字で、「3兆円には義務教育費が含まれる」と書いてある。この蟻地獄の中では、どんなにもがき、身をよじって逃げようとしても、総務省が口を開けて待っている穴の下へ向かって、義務教育費はずるずると引き下ろされてしまうのだ、「義務教育費を削減しなければ3兆円の税源移譲は達成できない」という理屈によって。(つづく)
前川喜平〔(まえかわ・きへい)文部科学省初等中等教育企画課長〕


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